天に宝を積む

May 20, 2017

主の御名を賛美します

 

今週、東北部会の総会に参加してきました。

 

「天に富を積みなさい」という個所から何度もメッセージを受けました。

 

牧師の働きを考えてみると教会で長年働いて、一生懸命頑張れば頑張るほど

 

自分の財産を教会の働きに使いながら伝道していると、いつの間にか教会を

 

自分の持ち物のように感じてしまうことがあるのです。

 

これは、多くの教会が同じ過ちを犯してしまっています。

 

神と富に仕えることは出来ないと聖書にあるように、いつの間にか教会を

 

私物化してはいないでしょうか。教会は、神様のもので私たちがなすべきことは、

 

天に宝を積むことです。目に見える行いや業は、人には喜ばれるかもしれま

 

せんが神様は喜んでいるでしょうか。

 

まるで、私に語られているかのようなメッセージを聞いて来ました。

 

東北の教会も教師の働きが長くなれば長くなるほど、牧師を神のように考えて

 

しまっている信徒が多くなっているそうです。

 

教会でよく耳にする祈りは、特定の牧師の名前を挙げて祈る場合があります。

 

しかし、間違ってはいけないのは、牧師の名前を挙げて祈るのではなく

 

教会に遣わされた牧師として祈るのであって、個人名を出して神のように祈るのは

 

どうかと思います。

 

尊敬と感謝が誤解を招き、特定の教師の働きをまるで神様のように考えるのではなく

 

その方を遣わして下さった神様の御名を褒めたたえたいものです。

 

牧師という働きは、あくまでも仕える働きで会って牧師の名が崇められることに

 

喜ぶのではなく、神様を信じる者が起こされることに力を注いでいきたいものです。

 

大矢直人

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